PriGym | 【池袋】パーソナルジム
論考記事身体像への介入の職業倫理
要旨
フィットネス指導において、トレーナーが自分の好みを「健康」や「正解」として顧客へ提示するとき、介入は支援から支配へと変質するリスクを孕みます。この問題の核心は、個人の資質とは別次元の、意思決定の設計領域にあります。美は単一の数値を超えた多面的な概念です。にもかかわらず、数値を主役にした設計は、説明を判定へ、提案を命令へと変質させます。本稿は、機能の判断と美の判断を峻別することを職業倫理として定義し、指導者を「建築家」として捉え直します。顧客の自律を守りながら医学的安全性を担保するために、指導者が引き受ける領域と、引き受けない領域を言語化します。
本稿の射程
本稿が想定する読者は、健康なクライアントを対象とするパーソナルトレーナー、および自身の身体運用に関心を持つトレーニーです。
本稿は特定の疾患に対する医療的ガイドラインとは異なり、現場における意思決定の設計思想を扱います。診断や治療を目的とせず、機能の判断と美の判断を峻別する線引きを職業倫理として定義します。なお、身体醜形懸念や摂食障害等の診断・治療は、本稿の範囲外の専門領域となります。
はじめに
トレーナーは仕事として、身体を測り、比較し、変化を説明します。数値は便利です。便利だからこそ、意思決定が単純化します。単純化は効率を上げる一方で、価値判断が紛れ込む余白も広げます。
とりわけ「健康」という言葉は便利です。健康の語彙は、事実の説明にも使えますが、価値の裁定にも使えてしまいます。ここで線を引かなければ、説明は判定へ変わります。提案は命令へ変わります。そして最も厄介なのは、その変質が、善意のまま起きることです。
このすり替えは「技術の話」として処理されがちですが、本質的には倫理的な課題です。この問題意識が、本稿執筆の動機です。本稿の目的は、誰かを裁くことではなく、パーソナルトレーナーの意思決定プロセスを、価値判断の混入に耐えうる頑健な形へ設計し直すことにあります。
第1章 機能判断と美の判断の峻別
パーソナルトレーナーが事実として扱える領域は、原則として機能と構造に限られます。痛みなく動けるか、目的の動作が成立しているか、日常生活を妨げていないかといった機能。体脂肪率や筋量、姿勢や動作の特徴のように、観察や測定の対象となり得る構造。これらは議論の土台になり得ます。
一方で、美しさは単一指標とは別次元の概念です。「体脂肪率〇〇%」「ウエスト・ヒップ比0.7」「BMI 20」。これらは管理のための道具としては有用ですが、美そのものの定義とは異なります。美は、全体の調和や雰囲気、動きの質、服装や場面との相性といった文脈の中で立ち上がる現象です。ここを数値の足し算として扱う設計では、身体は「本人」から離れ、「採点対象」へと客体化されていきます[1]。
事実としての数値、判決としての評価
数値は測定された限りでの事実になり得ます。しかし、価値を決める判決とは異なります。体脂肪率が低いことは測定上の事実であっても、それが美しいかどうかは評価の領域です。筋肉の発達は物理的な変化ですが、それが魅力的かどうかは文脈に依存します。
意思決定の設計が弱いと、この二つの次元が混ざります。説明が判定へ変わり、提案が命令へ変わります。ここで問われるべきは、美の判断が、機能の判断の顔をして通過してしまう、その構造的混同です。
「健康」という語彙の万能性リスク
混同が最も起きやすいのは、「健康」という言葉を使うときです。この語は広い概念を指します。WHO憲章が示す定義も、身体だけでなく精神と社会の側面を含みます[2]。にもかかわらず、介入設計が健康を「細い」「絞れている」といった見た目の価値へと吸い寄せるとき、健康の言葉は価値判断の運搬役となります。
ここでの争点は悪意の有無とは別次元にあります。むしろ無自覚な善意こそが、タチの悪い支配を生む構造的な要因です。「ため」という言葉で包まれた価値の提示は、顧客から反論の機会を奪うからです。それは支援を超え、優しさという名のついた暴力として機能しかねません。ここで問うのは人格ではなく、価値判断が事実の顔をして通過してしまう、意思決定の設計です。
体型にまつわるスティグマが健康の名を借りて強化され得ることは、公共衛生の文脈でも論じられてきました[3]。扱うのは、身体の変化であると同時に、身体の意味づけです。意味づけに介入する以上、言葉の選び方と線引きは、技術と同じ重さを持ちます。
正常なバリエーションと病理の境界
設計が弱いと、正常なバリエーションが「修正すべき欠陥」に見えてきます。セルライトのように、医学的な疾病とは異なる領域が、説明の形をとって商品化されやすい例はあります[4]。骨格に由来する腰幅や脚のラインも同様で、医学的な疾患ではないものが、いつの間にか「治すべき問題」として扱われます。
ここで守るべき線は明確です。見た目の特徴は、機能欠陥とは区別して扱われる必要があります。美を追うのであれば、それを「健康のため」と言い換えず、文化的・装飾的な欲求として定義されるべきです。この区別を明確にすることで、介入は操作から離れ、支援としての純度を保ちます。
第2章 自律を脅かす設計の欠陥
顧客の身体像は、はじめから明確に言語化されているとは限りません。「とりあえず痩せたい」「モデルのようになりたい」という言葉は、曖昧であるぶん、介入設計の影響を受けやすくなります。理想像の刷り込みや内面化が、身体像や摂食行動に影響を及ぼし得ることは、長く研究されてきました[5]。この状態において、置く指標、使う言葉、提示する比較が、そのまま顧客の意思決定の枠を作ります。
ここで問われるのは美しさの定義とは別次元にある、選択のプロセスです。顧客が何を選び、なぜそれを選ぶのかという意思決定が、本人の言葉と納得で成立しているかどうか。自律とは、孤立した意思の強さというよりも、適切な関係と対話の質によって支えられ、育まれるものです。医療の文脈で強調されてきたのも、関係が自律を支えるという視点です[6]。フィットネス指導でも同様です。
曖昧な望みと介入の引力
望みが曖昧なとき、数値は魅力的に見えます。数値は迷いを止めます。しかし、迷いを止めることと、納得を作ることは別です。数値を主役にした設計は、顧客の選択を「指標の達成」へ引っ張ります。本人の望みとは別に、指標の都合が意思決定を動かし始めます。すると、顧客は自分で選んだ感覚を失います。
行動の持続に、本人が選んだ感覚が重要であることは繰り返し示されています[7]。この点から見ても、役割は明確です。顧客の望みを奪わないこと。曖昧であればなおさらです。
「仕様」への翻訳と対話設計
本稿が推奨するのは、顧客の望みを、顧客の言葉のままに具体化していく対話です。ここで「正解」を与える必要はありません。むしろ与えるほど、価値が混入します。顧客が「シャープな印象」と言うなら、その言葉がどんな場面、服装、役割感と結びついているのか。顧客が「無理なく」と言うなら、生活の中で許容できる負担の上限はどこか。これらを、本人の言葉のまま具体化していく対話が求められます。
この対話は、テクニックの誇示ではなく、意思決定の設計です。顧客の望みが仕様として立て直され、指標が道具へと戻され、価値の決定権が本人へ返される。そのための設計です。
第3章 「建築家」としての職能再定義
身体が作品だとするなら、作者は誰か。その身体の所有者である顧客自身です。彫刻家の姿勢をとるとき、顧客の身体は素材となります。そこでは理想像が外から与えられ、顧客の主体性は希薄になります。
結果が美しく見えても、意思決定の設計としては不全です。それによって、指導者は自らの影響力を確認し、充足感を覚えるかもしれません。しかし、その手応えは指導の成果とは別次元の、他者の身体の「私物化」に由来するものです。この事態を招くのは、個人の悪意というよりも、役割と境界線の設計ミスです。だからこそ、必要なのは反省にとどまらない、役割と境界線の再設計です。
ここに、強い違和感を覚えます。身体の所有権が、会話の中で静かに奪われていくからです。
建築家としての役割分担
目指すべきモデルは「建築家」です。彫刻家が素材を削り出すのに対し、建築家は施主の生活を支える空間を作ります。顧客という施主が描く理想の住まいとしての身体像に対し、解剖学と生理学を土台に、成立する構造を設計します。主役は施主の「住みたいイメージ」です。そのイメージを尊重し、倒れないように支える役割に徹します。
建築家の立場に立つと、役割分担が明確になります。外観の好みは施主の領域であり、倒壊しない構造は専門家の領域です。専門家は可能性と限界を説明し、成立条件を明示します。しかし、最終決定権は施主に残されます。ここに、介入の品位が宿ります。
倒壊リスクと受諾拒否義務
そして最も重要な点として、専門家には倒壊する設計を拒否する義務があります。顧客の要望が医学的安全性を無視したものである場合、その依頼は受諾されるべきではありません。主要団体の倫理規定が繰り返し強調するのは、クライアントの安全を最優先し、必要に応じて適切な専門職へつなぐという原則です[8]。
とりわけ、慢性的なエネルギー不足が続き健康障害が疑われる局面では、これは好みの問題とは別次元の、倒壊リスクです。相対的なエネルギー不足に関連する健康問題は、主に競技スポーツ領域でRED-Sとして整理されています[9]。一般のクライアントでも同様の危険サインは起こり得るため、疑いがある場合は医療者の評価を優先します。ここで引くべき線は、感情論ではなく、設計上の境界線です。医師による評価と助言を最優先し、医学的な見立てが得られるまで判断を保留します。これは冷たさではなく、責任の問題です。
結語
本稿は、機能や構造として扱える事実と、美という価値判断を峻別することを、職業倫理として整理しました。
好みは消えません。消えるという幻想を採用した瞬間に、設計は崩れます。だからこそ、自分の好みが介入し得ることを前提に、価値判断が事実の顔をして通過しないように設計します。指標は道具へと戻され、言葉は判決とは区別されます。そして、顧客の決定権は顧客へと返されます。
美という定義しきれない領域に関与する者が持ちうる客観性は、派手な理念ではなく、地味な設計の中にあります。安全の線引きを曖昧にしないこと。機能の説明を透明にすること。価値の決定を奪わないこと。この設計こそが、職能の品位を支えます。
注記
本稿における「審美」とは、医学的な健康基準とは区別された、個人の好みや文化的背景に依存する見た目の美しさを指します。本稿が述べる職業上の中立とは、価値観を消去するという意味ではありません。パーソナルトレーナーの価値観が介入し得ることを自覚した上で、それを顧客の意思決定へ持ち込まない態度を指します。
参考文献
[1] Fredrickson BL, Roberts TA. Objectification theory: Toward understanding women’s lived experiences and mental health risks. Psychol Women Q. 1997;21(2):173-206. DOI: 10.1111/j.1471-6402.1997.tb00108.x
[2] World Health Organization. Constitution of the World Health Organization [Internet]. Geneva: World Health Organization; 1948. URL: https://www.who.int/about/governance/constitution
[3] Puhl RM, Heuer CA. Obesity stigma: important considerations for public health. Am J Public Health. 2010;100(6):1019-1028. DOI: 10.2105/AJPH.2009.159491 PMID: 20075322 URL: https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/20075322/
[4] Avram MM. Cellulite: a review of its physiology and treatment. J Cosmet Laser Ther. 2004;6(4):181-185. DOI: 10.1080/14764170410003057 PMID: 16020201 URL: https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/16020201/
[5] Thompson JK, Stice E. Thin-ideal internalization: Mounting evidence for a new risk factor for body-image disturbance and eating pathology. Curr Dir Psychol Sci. 2001;10(5):181-183. DOI: 10.1111/1467-8721.00144
[6] Entwistle VA, Carter SM, Cribb A, McCaffery K. Supporting patient autonomy: the importance of clinician-patient relationships. J Gen Intern Med. 2010;25(7):741-745. DOI: 10.1007/s11606-010-1292-2 PMID: 20213206 URL: https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/20213206/
[7] Ryan RM, Deci EL. Self-determination theory and the facilitation of intrinsic motivation, social development, and well-being. Am Psychol. 2000;55(1):68-78. DOI: 10.1037/0003-066X.55.1.68 PMID: 11392867 URL: https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/11392867/
[8] National Strength and Conditioning Association. NSCA Code of Ethics. In: Haff GG, Triplett NT, editors. Essentials of Strength Training and Conditioning. 4th ed. Champaign, IL: Human Kinetics; 2016.
[9] Mountjoy M, Sundgot-Borgen J, Burke L, et al. The IOC consensus statement: beyond the Female Athlete Triad–Relative Energy Deficiency in Sport (RED-S). Br J Sports Med. 2014;48(7):491-497. DOI: 10.1136/bjsports-2014-093502 PMID: 24620037 URL: https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/24620037/
付記
本稿は、パーソナルトレーニングジムPriGymにおける指導指針および意思決定の設計思想を言語化したものです。特定の疾患に対する医学的助言や診断を目的とするものではなく、健康なクライアントを対象とした指導現場における論点整理を主眼としています。

