論考記事自己効力感を育むパーソナルトレーニング指導思想

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要旨

フィットネス産業は伝統的に、体重や体型といった「目に見える結果(ビフォーアフター)」を商品の中心に据えてきました。しかし、行動科学の視点に立てば、クライアントが真に必要としているのは、結果への憧れではなく、そのプロセスを遂行できるという確信、すなわち自己効力感です。
本稿では、アルバート・バンデューラの社会的認知理論およびHAPAモデルを参照し、トレーナーによる「褒める指導」や「スモールステップの達成」が、単なる接客テクニックではなく、行動科学の知見に照らせば自己効力感を支える介入要素として位置づけられることを論じます。さらに、ジムという空間で培われた効力感が、食生活や仕事といった他領域へ波及するメカニズムを解明し、短期的な身体変化以上に、この「効力感の転移」こそがクライアントの長期的利益の本質であることを提起します。

本稿の射程

本稿が想定する読者は、健康なクライアントを対象とするパーソナルトレーナー、および自身の身体運用に関心を持つトレーニーです。

本稿は特定の疾患に対する医療的ガイドラインではありません。診断や治療を目的とせず、現場における意思決定の設計思想を扱います。特に本稿では、レジスタンストレーニングがもたらす心理的変容のメカニズムを、自己効力感の理論枠組みを用いて整理し、指導者が目指すべき「顧客の利益」を再定義することを目的とします。

はじめに

「2ヶ月で−10kg」「劇的ビフォーアフター」。広告に並ぶこれらの言葉は、未来の魅力的な結果を提示することでクライアントを誘引します。心理学的に言えば、これは「結果予期」への刺激です。減量すれば美しくなれる、筋肉がつけば自信が持てる、体力がつけば日常が楽になるという予測は、確かに行動のきっかけにはなります。

しかし、高い「結果予期」を持って入会したクライアントが、必ずしも継続できるとは限りません。むしろ、理想と現実のギャップに苦しみ、早期にドロップアウトしてしまうケースが後を絶ちません。なぜなら、その人たちに欠けているのは「目標が達成されたらどうなるか」という知識ではなく、「今の自分にそれが実行できるか」という確信、すなわち「効力予期」だからです[1]

産業構造上、トレーナーは短期的な「身体の変化」を売り物にしがちです。しかし、クライアントの人生という長期スパンで見たとき、真に価値があるのは、トレーナーがいなくなった後も自律的に健康行動を選択し続けられる「心構え」の獲得ではないでしょうか。

本稿では、トレーナーが提供すべき価値を「可視化される身体」から「不可視の効力感」へと重心を移します。そのための技術として、「褒める指導」と「レジスタンストレーニング」の役割を再考します。

第1章 行動を決定する二つの予期

結果予期と効力予期の峻別

アルバート・バンデューラは、人の行動を決定する要因として、「結果予期」と「効力予期」を峻別しました[2]

二つの予期のうち、結果予期とは「その行動をすれば、良い結果が出る」という推測を指します。例えば「この食事法を続ければ体重が減る」「週2回トレーニングすれば筋力が上がる」という見通しがこれに当たります。一方、効力予期とは「自分は、その行動を遂行できる」という確信です。「私は外食が多くても食事管理を続けられる」「仕事が忙しくても週2回はジムに通える」という自信が、この効力予期に相当します。

多くのクライアントは、高い結果予期と低い効力予期を抱えて来店します。すなわち、「変わりたい」と願いながらも、「でも私には無理かも」と感じているのです。ここでトレーナーが「必ず結果が出ますよ!頑張りましょう!」と結果予期ばかりを煽ると、クライアントの心理的負担は増大します。できない自分を責める「意図と行動のギャップ」に陥るからです。

遂行行動の達成による効力予期の形成

低い効力予期を覆す最も強力な情報源は、「遂行行動の達成」、すなわち自らの行動で成功したという直接経験です[3]

ここでレジスタンストレーニングが決定的な役割を果たします。バーベル運動は、数値(重量・回数)によって成功が客観的に可視化されやすい構造を持っています。「前回より2.5kg重いものが挙がった」。この明白な「小さな成功」の積み重ねこそが、曖昧な自信を、根拠のある確信へと書き換えていきます。

トレーナーが設計すべきは、劇的な筋肉痛ではありません。クライアントが「できた」と実感できる、確実なスモールステップの階段です。加えて、課題のルールや手順が複雑になりすぎないように設計することも、継続を支える現実的な条件になります[6]。失敗させない重量設定、完遂できる回数設定。これらは安全管理であると同時に、効力感を守るための心理的な防衛線でもあります。

第2章 トレーナーによる効力感の支援

「褒める指導」を、単なる接客上の愛想や、甘やかしだと捉えているなら、それは誤解です。それは「言語的説得」という、正当な心理学的介入技術です[3]

言語的説得による効力感の支援

自己効力感がまだ低い段階では、クライアントは自分自身を信じることができません。そのとき、トレーナーという「他者からの信頼」が、一時的な足場となります。「あなたなら、この重量が挙がるはずです」。専門家からの根拠ある肯定的なフィードバックは、クライアントの自己疑念を払い、行動を継続させるための燃料となります。

代理経験による効力感の形成

自己効力感を高めるもう一つの重要な情報源が「代理経験」です。これは、自分と似た他者の成功を観察することで、「あの人にできたなら、私にもできるかもしれない」という効力感が生まれる現象を指します[3]

パーソナルトレーニングの現場では、クライアントのプライバシーに十分配慮した上で、他のクライアントの成功例を伝えることが有効な介入となります。「先月、同じような生活リズムの方が、週2回のトレーニングを3ヶ月続けられました」。このような情報は、まだ自分自身の成功体験を十分に積んでいないクライアントにとって、具体的な見通しを与える役割を果たします。

ここで重要なのは、「類似性」です。バンデューラによれば、観察対象が自分と似ていると認識されるほど、代理経験の効果は高まります[2]。年齢、職業、生活環境が近い他者の成功は、「自分とは違う特別な人」の成功よりも、はるかに強い効力感を生み出します。トレーナーが「この方も最初は週1回がやっとでしたが」と前提を添えることで、その類似性はより明確になります。

ただし、代理経験はあくまで補助的な情報源です。最終的には、クライアント自身が「遂行行動の達成」を経験することで、確固たる効力感が形成されます。代理経験は、その最初の一歩を踏み出すための心理的な後押しとして機能するのです。

期待の伝達とクライアントの自己概念

組織心理学におけるドヴ・エデンの研究では、「ピグマリオン効果」が報告されています[4][5]。これは、指導者が高い期待を持つことで対象者のパフォーマンスが向上する現象です。この効果は、当事者側の自己期待や自己概念の変化と結びつけて議論されてきました。

つまり、トレーナーが心から「このクライアントは変われる」と信じ、その期待を言葉や態度で伝えること自体が、クライアントの中に「自分はできるかもしれない」というガラテア効果を発火させるのです。逆に、トレーナーが「どうせ続かないだろう」と無意識に思っていれば、それは「ゴーレム効果」として負の成果を招きます[5]

「褒める」とは、お世辞を言うことではありません。それは、フォームの改善、継続の努力、工夫の跡、回復の過程といった観察できた行動に根拠を置き、クライアントの中に眠る可能性を本人より先にトレーナーが見つけ出し、言語化して手渡す行為です。これは立派な「技術」です。

第3章 自己効力感の領域間転移

レジスタンストレーニングで培われた自己効力感は、ジムの中だけで完結するものではありません。ある領域で得た「自分はできる」という感覚が、別の領域の行動にも波及していきます。この現象は「スピルオーバー(波及効果)」と呼ばれています[7][8]

運動領域から生活領域への効力感の波及

研究によれば、身体活動に対する自己効力感の向上は、健康的な食習慣への自己効力感をも向上させることが示されています[7]
「重いバーベルを挙げる」という困難を克服し、自己制御に成功した体験は、「食事の誘惑をコントロールする」という別の課題に対しても、「今の自分ならできる」という汎用的な自信として機能し始めます[8]

さらに、この効力感は仕事や人間関係にも波及し得ます。困難なプロジェクトやストレスフルな状況に直面した際、トレーニングで培った「逆境を乗り越えるレジリエンス」が、心理的なリソースとして活用されるのです。

行動の維持と回復自己効力感

健康行動プロセスアプローチモデルによれば、行動変容の最大の壁は、意図を行動に移し、それを維持することにあります[9]
ここで重要になるのが、一度挫折しても立ち直る「回復自己効力感」です。

短期的なビフォーアフターを至上命題にすると、一度の過食や停滞は「失敗」とみなされ、ドロップアウトの原因になります。しかし、自己効力感を主眼に置いた指導では、失敗さえも「乗り越えるべき課題」としてプロセスに組み込まれます。トレーナーとの対話を通じて、「停滞しても、また戻ってこられた」という経験を積むこと。それが、ジムを卒業した後もリバウンドから自力で復帰できる「自律」した個人の育成につながります。

結語:近視眼的なベネフィットを超えて

クライアントは何らかの身体的変化を求めて来店します。減量、筋力向上、体力改善、姿勢の改善。それは間違いなく最初のオーダーであり、トレーナーは専門家としてそれに応える義務があります。しかし、そこで思考を止め、結果だけを最短距離で提供しようとすれば、過度な制限や叱責といった、効力感を毀損する手段を選んでしまいかねません。

真にクライアントの「幸福」を考えるならば、トレーナーが提供すべきは、一時的な身体の変化以上に、その変化を自らの手で作り出したという「効力感」です。
重りをコントロールし、身体をコントロールし、やがて生活をコントロールしていく。この「統制感」の獲得こそが、不確実な社会を生きる現代人にとって、最も頼もしい資産となります。

目に見える筋肉や脂肪の増減は、あくまで外見上の変化に過ぎません。その背後にある、目に見えない「自己効力感」という原動力を高めること。
褒め、励まし、小さな成功を共に喜ぶこと。それは甘い指導というより、クライアントの自律を損なわない形で継続を支えるための、実証された知見に裏打ちされた実践上の選択肢です。

参考文献

[1] Bandura A. Self-efficacy: Toward a unifying theory of behavioral change. Psychol Rev. 1977;84(2):191-215. DOI: 10.1037/0033-295X.84.2.191. PMID: 847061. URL: https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/847061/.

[2] Bandura A. Self-Efficacy: The Exercise of Control. New York: W. H. Freeman; 1997. URL: https://books.google.com/books/about/Self_Efficacy.html?id=eJ-PN9g_o-EC.

[3] Warner LM, French DP. Self-efficacy interventions. In: Hagger MS, Cameron LD, Hamilton K, Hankonen N, Lintunen T, editors. The Handbook of Behavior Change. Cambridge: Cambridge University Press; 2020. p. 461-478. DOI: 10.1017/9781108677318.032. URL: https://www.cambridge.org/core/books/handbook-of-behavior-change/selfefficacy-interventions/D4EC41A2F16CB6171058C5B00AE575AB.

[4] Eden D. Pygmalion in management: Productivity as a self-fulfilling prophecy. Lexington, MA: Lexington Books; 1990. URL: https://books.google.com/books/about/Pygmalion_in_Management.html?id=2il2sEdS8twC.

[5] Babad EY, Inbar J, Rosenthal R. Pygmalion, Galatea, and the Golem: Investigations of biased and unbiased teachers. J Educ Psychol. 1982;74(4):459-474. DOI: 10.1037/0022-0663.74.4.459. URL: https://psycnet.apa.org/doi/10.1037/0022-0663.74.4.459.

[6] Mata J, Todd PM, Lippke S. When weight management lasts: Lower perceived rule complexity increases adherence. Appetite. 2010;54(1):37-43. DOI: 10.1016/j.appet.2009.09.004. PMID: 19751781. URL: https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/19751781/.

[7] Fleig L, Lippke S, Pomp S, Schwarzer R. Intervention effects of exercise self-regulation on physical exercise and eating fruits and vegetables: a longitudinal study in orthopedic and cardiac rehabilitation. Prev Med. 2011;53(3):182-187. DOI: 10.1016/j.ypmed.2011.06.019. PMID: 21784096. URL: https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/21784096/.

[8] Luszczynska A, Gutiérrez-Doña B, Schwarzer R. General self-efficacy in various domains of human functioning: evidence from five countries. Int J Psychol. 2005;40(2):80-89. DOI: 10.1080/00207590444000041. URL: https://userpage.fu-berlin.de/~health/materials/lu_2005_self.pdf.

[9] Schwarzer R. Health Action Process Approach (HAPA) as a theoretical framework to understand behavior change. Actualidades en Psicología. 2016;30(121):119-130. DOI: 10.15517/ap.v30i121.23458. URL: https://revistas.ucr.ac.cr/index.php/actualidades/article/view/23458.

付記

本稿は、パーソナルトレーニングジムPriGymにおける指導指針および意思決定の設計思想を言語化したものです。特定の疾患に対する医学的助言や診断を目的とするものではなく、健康なクライアントを対象とした指導現場における論点整理を主眼としています。

末岡 啓吾

末岡 啓吾

パーソナルトレーニングジム「PriGym」代表トレーナー。
博士(理学)・NSCA認定トレーナー・パワーリフティング元日本記録保持者。
科学と実践の両軸で、一人ひとりの成長を支えます。