論考記事栄養指導の教義化と食の自律

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要旨

現代の栄養指導が抱える問題は、知識の不足というより、知識の実装が生活を壊し得る点にあります。理想論的な「リアルフード献立」を唯一解として提示すると、食事が「達成すべきタスク」に変質し、楽しみ・自由度・継続可能性が摩耗します。あるいは、生理学的に条件付きで意味を持ち得る介入が文化的作法として固定され、口中調味のような食育の機能を削ぐ結果となります。
本稿は、こうした「理念の過剰実装」と「手段の教義化」という失敗のパターンを整理し、科学の規律を保持したまま、文化・社会生活・心理的安全性と両立させる判断枠組みとして「食の自律」を提唱します。

本稿の射程

本稿が想定する読者は、健康なクライアントを対象とするパーソナルトレーナー、および自身の身体運用に関心を持つトレーニーです。

本稿は、栄養科学の基礎的知見に対する敬意と信頼を前提としています。そのうえで、科学的知見を個人の生活文脈へ実装する際に生じる摩擦と、意思決定の設計思想を論じます。特定の食事法(ベジファースト等)への言及は、手段が目的化する構造を示すための事例であり、その生理学的有効性を否定するものではありません。

また、本稿は特定の疾患に対する医療的ガイドラインとは一線を画し、診断や治療を目的としません。糖尿病等の基礎疾患がある場合は、主治医の指導が優先されます。本稿は結論集としてのマニュアルではなく、栄養科学を現場で教義化させないための判断の設計思想を扱います。

はじめに

現代の栄養指導現場において、本稿が焦点化するのは、食事が「健康のための処理」へと矮小化され、人生の楽しみとしての価値が変質していく瞬間です。ここで問うのは、科学が普及し、単純化され、現場で「教義」として実装されるときに起きる、生活破壊のメカニズムです。

頻出する失敗は二つあります。第一に、「リアルフードで推奨量を満たす」という理念が、現場では「献立の完全性」を競うゲームへ置換されることです。理念は正しいものです。しかし、完全性を日常運用に持ち込んだ瞬間、食卓は窮屈になり、楽しさは損なわれ、規律そのものが嫌悪の対象になりやすくなります。

第二に、生理学的に条件付きで意味を持つ介入が、文化的作法として固定されることです。食後反応を扱う手段が「正しい食卓の作法」として輸入されると、口中調味のような食育の機能と、会食のリズムといった体験価値が、健康の名の下に静かに切り捨てられていきます。ベジファーストは、その象徴になり得ます。

ニュートリショニズムの罠

直面している課題の本質は、栄養科学そのものの欠陥ではありません。科学的知見が一般に普及する過程で生じる情報の過度な単純化と、それを現場で適用する際の硬直性にあります。これを本稿ではニュートリショニズム(栄養成分至上主義)の罠と呼びます[1]。食品を栄養素の集合体へ分解し、文脈(食文化、楽しさ、人間関係)を切り捨て、成分の多寡だけで善悪を裁く態度です。

なお本稿が批判するのは、研究上の抽象化としての還元ではありません。問題は、抽象化を生活の運用ルールへ直輸入し、価値や文脈を削ぎ落としたまま善悪判定に用いてしまう「運用上の還元」です。

「食の自律」というゴール

本稿が目指すのは、還元主義的な呪縛からの解放ですが、それは科学の否定ではありません。本稿における食の自律とは、栄養科学の基礎的知見(規律)を理解した上で、自らの生活文脈(社会的関係、文化的価値観、心理的安全性)に応じて、食行動を主体的に選択・調整・運用できる能力を指します。以下では、そのための判断原理を、失敗パターンの点検から組み立てていきます。

第1章 献立の完全性と食の自由のトレードオフ

「必要な栄養は、すべて普段の食事から摂りましょう」。これは理想論としては正しいものです。しかし、現場ではしばしば「リアルフード献立の完全性」という形で過剰実装され、食卓から自由度が消えていきます。ここで点検すべきは、「栄養素の確保」と「食の自由」が、同時には最大化できない局面があるという事実です。

「食事だけ」の限界とリスク

日本の実態データを見ると、特定の栄養素における不足リスクは無視できません。例えばビタミンDについては、東京都内の健診受診者を対象とした報告で、血清25(OH)Dが30 ng/mLといった参照カットオフを下回る者が多数であることが示されています[2](注1)。

また、月経のある日本人女性は貧血のリスクが高く、健診データの二次解析においてもその有病率の高さが指摘されています[3]。国民健康・栄養調査の結果からも、魚介類摂取の実態を踏まえた食事設計の必要性が示唆されます[4]。この前提に立つと、EPA/DHAを「食事だけで」「継続的に」「生活の負担を過度に増やさず」確保する運用は、人によって難易度が高くなり得ます。

問題は「努力が足りない」ことではありません。献立の完全性を求めるほど、カロリー枠と時間枠が逼迫し、生活の楽しみと同居しにくくなる。この設計上の緊張が、現場ではしばしば見落とされます。

食品マトリックスの恩恵

だからといって、「面倒だから全てサプリで摂ればいい」という安易な置き換えは危険です。ここで理解すべきは食品マトリックスという概念です[5]。自然の食品は、単なる栄養素の運び屋ではありません。栄養素だけでは捉えにくい食品としての形態・構造や、置換(何を食べると何が減るか)まで含めて、健康影響の評価単位になり得ます。近年のレビューでは、例えば乳製品において、単一栄養素ベースの評価と、乳製品という食品(マトリックス)としての評価が一致しないことがあり得る、といった論点が整理されています[6]

ここで重要なのは、「自然が一番か、サプリが一番か」という信条の勝負に持ち込まないことです。現場で現実に起きているのは、もっと単純で、もっと生々しい問題です。食事には、カロリー、量、時間、献立の手間といった「食の自由枠」があります。そして、その自由枠には上限があります。

微量栄養素の完全充足を、すべて食事運用だけで達成しようとすると、この自由枠が先に尽きやすくなります。すると皮肉なことに、食事を食事として楽しむ余地──旬の食材、会食、嗜好、そして食品マトリックスの恩恵を受け取る余白──が削られていきます。これは、自然の複雑性を尊重したつもりで、結果として「食の複雑性(人生の楽しみ)」を捨てる設計になってしまう、という逆転です。

サプリメントの戦略的活用

したがってサプリメントの位置づけは、「自然の代替」ではありません。食事を「成分充足のタスク」に堕とさないための、戦略的なコストカットです。どうしても埋めにくいギャップだけを外注(戦略的アウトソーシング)することで、食の自由枠を守り、その自由枠の中でこそ食品マトリックスの恩恵を受け取り続ける。本稿が勧めたいのは、この順序です。

確保が難しい特定のビタミンやミネラルを補うことで、食事のカロリー枠と献立の自由度に余白が生まれ、その分で旬の食材や会食の楽しみを引き受けられます。これは食事の代替ではなく、食事設計の自由度を確保するための補助線としての活用です(注2)[7][8][9]

第2章 手段の作法化が招く食文化の変容

本章では、手段が教義化する構造を捉えるために、「口中調味」と「ベジファースト」という対照的な二つの事例を補助線とします。

口中調味という言葉を聞いて、思い当たる読者もいるはずです。ご飯、汁物、おかずを交互に運び、口の中で「ちょうどよさ」を自分で作る。これは単なる嗜好ではなく、多くの家庭や学校で「行儀」として教えられてきた、伝統的な食育の一部です。

日本では、一品だけを食べ続けることを「ばっかり食べ」と呼び、行儀の悪い食べ方としてたしなめられることがあります。裏返せば、口中調味(いわゆる三角食べ)は、食べ手が味の主導権を取り戻す作法です。料理人が設計した味を、食べ手が口内で再編集し、自分にとっての最適点へ着地させる。ここには、味覚の訓練だけでなく、自己調整の学習が含まれています。

ところが近年、食後反応を扱うための手段が「正しい作法」として食卓に入り込み、こうした作法が無自覚に侵食される場面が見られます。ベジファーストは、その象徴になり得ます。条件付きで意味を持ち得る介入が、いつしか「守るべき作法」へ転移する。本章では、この転移が食卓から何を奪うのかを点検します。

介入手段の教義化

ベジファースト(野菜を先に食べ、糖質を後に回す)は、食後反応の文脈で語られてきた手段の一つです[10][11]

健康のために、ある食事法を取り入れること自体は推奨されるべき行為です。問題は、その手段が「正しさ」として固定され、食卓の作法にまで昇格してしまうことです。手段が作法になると、食卓は楽しむ場から「遂行する場」へ変質し、口中調味のような文化的実践や、会食のリズムといった体験価値が、健康の名の下に静かに削られていきます。

したがって問うべきは、効果の有無ではなく、導入によって何が削られるのかです。得たい便益と、失われ得る体験価値や社会的価値は釣り合っているのか。その見積もりを抜きに、手段だけを短絡的に選ぶと、健康の名の下に生活が痩せていきます。

リテラシーとは、手段を知ることではありません。手段が削るものまで含めて見積もり、必要なら撤退できる余白を残したまま運用する姿勢です。

「調整能力」の喪失と回復

そして口中調味の価値は、「交互に食べる」という手順そのものではなく、食べ手が都度、濃淡や比率を調整しながら主導権を行使する点にあります。したがって、皿ごとに完遂する食べ方──食卓のコース料理化──が常態化すると、この学習回路が痩せていきます。手段が作法になることで削られるのは、まさにこの領域です。ここが壊れた時点で、食事は「整える」ものから「縛る」ものへ反転します。

繰り返しますが、これはベジファーストに限った話ではありません。あらゆる健康メソッドが、生活の主体性を奪う「新たな作法」になっていないか。問われているのは、科学的な正しさと、文化的な豊かさの距離感なのです。

第3章 身体的栄養と社会的健康の両立

栄養学が主として対象とするのは個人の身体ですが、人間は他者と共に生きる社会的な存在です。厳格すぎる食事管理は、しばしば他者との断絶を生みます。「その油は体に悪い」という正義の剣を食卓で抜けば、場は凍りつきます。さらに深刻なのは、食事管理を乱されることを恐れ、友人からの誘い自体を拒絶してしまうことです。

健康リスクとしての「社会的孤立」

公衆衛生学の分野では、社会的関係の質と健康の関係が議論されています。ジュリアン・ホルト=ランスタッドらのメタ分析では、社会的孤立や孤独が死亡リスクを高める要因であり、その影響の大きさは主要な既知のリスク因子に匹敵し得る可能性があると報告されています[12]。もちろん、単純な因果として読める話ではありません(注3)。しかし、栄養学的健康(身体)を追求するあまり、社会的健康(人間関係)を毀損しては本末転倒であるという視点は、指導者として忘れてはなりません。

優先順位の設計と「社会的栄養」

WHO憲章において健康とは「肉体的にも、精神的にも、そして社会的にも満たされた状態」と定義されています[13]。ここで必要なのは、単一ルールの押し付けではなく、優先順位の設計です。平日の自炊でコンディションを整え、週末の会食は社会的栄養として引き受ける。これは「解決策」というより、同時最適に向けた一つの配列です。食事の質と人間関係の質は、トレードオフではなく同時最適の課題です。

第4章 罪悪感の転換と心理的安全性

栄養学的な正しさを追求するあまり、多くの人が陥りやすい大きな罠が、心理的な罪悪感です。

罪悪感とドロップアウト

「ケーキを食べてしまった」という罪悪感は、しばしば食事管理を崩壊させます。厳格なルールを一度破ると「もう計画は台無しだ」と自暴自棄になり、過食に傾きやすくなります。こうしたパターンは、食行動研究の文脈で古くから議論されてきました[14]

一方で、同じ高カロリーな食事でも、それを「お祝い」として肯定的に捉えた場合、意味づけは変わります。関連研究では、直感的摂食ができている人は心理的健康度が高く、病理的な過食症状が少ない傾向が示されています[15]。また、食べたことへの罪悪感が少ない方が、長期的な体重管理においてポジティブな結果と関連するという報告もあります[16]

「引き算」から「足し算」への転換

食べてしまった事実は変えられません。変えられるのは、その後の対応だけです。必要なのは、自分を罰する絶食(引き算)ではなく、次の食事で野菜・タンパク質・水分・睡眠を十分に摂るという、前向きな調整(足し算)への転換です。もしクライアントが「食べた自分を許せない」と過度な自己否定を見せる場合は、摂食の問題が疑われるサイン(強い自己否定、極端な制限、反復する過食など)が見える可能性を考慮し、トレーナーの職域を超えて専門家への相談を促す判断も必要となります。

結語:灯火としての科学と教義化の回避

栄養学という科学は、無知の闇を照らす強力な灯火であり、最大限の敬意を払うべき対象です。これを軽視することは、少なくとも現場の倫理として、知性の放棄に近いと筆者は考えます。

しかし、灯火は足元を照らす道具であって、ひれ伏すべき「神」ではありません。問題の本質は、不確実な現実世界に対して、実験室由来の知見を「教義」として硬直的に当てはめようとする運用にあります。理念が過剰実装され、手段が作法化し、食卓が処理に変わる。そのとき、生活は壊れていきます。

科学を「守破離」で運用する

食の自律への道は、武道や芸道における守破離(しゅはり)に似ています。まずは栄養学の基礎(PFCバランス、推奨量)を学び、型通りに実践してみる段階が守(基礎)です。次に、生活の実情に合わせてサプリ活用や食べ順の柔軟な運用(マトリックスや文化の視点)を取り入れる段階が破(応用)です。そして最終的に、科学的知見を無意識レベルの判断基準として内包し、自分の人生の文脈に合わせて自由に食をデザインする段階が離(自律)です。

指導者に求められるのは、ルールを増やすことではありません。ルールが生活を壊さないように優先順位を設計し、手段が教義化しないように余白を確保し、罪悪感が継続可能性を奪わないように心理的安全性を守ることです。科学の規律を生活へ馴染ませ、人生を楽しむための余白を守り抜くこと。それこそが、手渡すべき技術なのです。

注記

(注1)参考文献[2]は、東京都内の健診受診者という特定集団を対象とした報告です。したがって、その結果を日本人全体の実態として一般化することはできません。また、25(OH)Dのカットオフ(例:30 ng/mL)は臨床・研究の文脈で用いられることがありますが、目的(参照範囲の設定、欠乏の定義、介入判断)によって解釈が異なり得ます。本稿では、個人差と生活条件を踏まえたうえで「食事運用だけで安定させにくい人が一定数存在し得る」という含意に限定して参照しています。

(注2)サプリメントの位置づけについて。本稿でいう「戦略的アウトソーシング」は、食事を代替する発想ではなく、食事運用で埋めにくいギャップを補完するための補助線です。一般成人に対するビタミン・ミネラル補充は、主要アウトカムの一次予防として一貫した利益が示されない場合があり[7][8]、万能解として扱うべきではありません。また、制度(食品表示等[9])や製造管理(GMP等)の枠組みは重要ですが、それ自体が個々の製品の安全性・有効性を保証するわけではありません。治療中の疾患や服薬がある場合、相互作用等の観点から医師・薬剤師への相談を前提とします。

(注3)社会的孤立と健康アウトカムについて。関連領域のメタ分析は、社会的孤立や孤独と死亡リスク等の関連を報告しますが[12]、観察研究を中心とした知見であり、単純な因果を意味しません。本稿でこの知見を参照する意図は、食事の最適化が社会的関係の劣化を伴うなら「健康の定義(身体・精神・社会)」の観点で再考が必要になる、という規範的論点の提示にあります。

参考文献

[1] Scrinis G. On the ideology of nutritionism. Gastronomica. 2008;8(1):39-48. DOI: 10.1525/gfc.2008.8.1.39. URL: https://online.ucpress.edu/gastronomica/article/8/1/39/47129/On-the-Ideology-of-Nutritionism

[2] Miyamoto H, et al. Determination of a Serum 25-Hydroxyvitamin D Reference Ranges in Japanese Adults Using Fully Automated Liquid Chromatography-Tandem Mass Spectrometry. J Nutr. 2023;153(4):1253-1264. DOI: 10.1016/j.tjnut.2023.01.036. PMID: 36806449. URL: https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/36806449/

[3] Hisa K, et al. Prevalence of and factors related to anemia among Japanese adult women: Secondary data analysis using health check-up database. Sci Rep. 2019;9:17048. DOI: 10.1038/s41598-019-52798-y. PMID: 31745104. URL: https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/31745104/

[4] 厚生労働省. 令和元年国民健康・栄養調査報告. 2020. URL: https://www.mhlw.go.jp/content/001066903.pdf

[5] Jacobs DR Jr, Tapsell LC. Food, not nutrients, is the fundamental unit in nutrition. Nutr Rev. 2007;65(10):439-450. DOI: 10.1111/j.1753-4887.2007.tb00269.x. PMID: 17972438. URL: https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/17972438/

[6] Thorning TK, et al. Whole dairy matrix or single nutrients in assessment of health effects: current evidence and knowledge gaps. Am J Clin Nutr. 2017;105(5):1033-1045. DOI: 10.3945/ajcn.116.151548. PMID: 28404576. URL: https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/28404576/

[7] Mangione CM, Barry MJ, Nicholson WK, et al; US Preventive Services Task Force. Vitamin, Mineral, and Multivitamin Supplementation for the Primary Prevention of Cardiovascular Disease and Cancer: US Preventive Services Task Force Recommendation Statement. JAMA. 2022;327(23):2326-2333. DOI: 10.1001/jama.2022.8970. PMID: 35727271. URL: https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/35727271/

[8] O’Connor EA, Evans CV, Ivlev I, et al. Vitamin, Mineral, and Multivitamin Supplementation to Prevent Cardiovascular Disease and Cancer: Updated Evidence Report and Systematic Review for the US Preventive Services Task Force. JAMA. 2022;327(23):2334-2347. DOI: 10.1001/jama.2021.15650. PMID: 35727272. URL: https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/35727272/

[9] 消費者庁. 食品表示基準の一部を改正する内閣府令(令和6年内閣府令第71号). 2024. URL: https://www.caa.go.jp/policies/policy/food_labeling/food_labeling_act/assets/food_labeling_cms201_240823_11.pdf

[10] Imai S, et al. Effect of eating vegetables before carbohydrates on glucose excursions in patients with type 2 diabetes. J Clin Biochem Nutr. 2014;54(1):7-11. DOI: 10.3164/jcbn.13-67. PMID: 24426184. URL: https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/24426184/

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[12] Holt-Lunstad J, et al. Loneliness and social isolation as risk factors for mortality: a meta-analytic review. Perspect Psychol Sci. 2015;10(2):227-237. DOI: 10.1177/1745691614568352. PMID: 25910392. URL: https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/25910392/

[13] World Health Organization. Constitution of the World Health Organization. 1948. URL: https://apps.who.int/gb/bd/pdf/bd47/en/constitution-en.pdf

[14] Polivy J, Herman CP. Dieting and binging. A causal analysis. Am Psychol. 1985;40(2):193-201. DOI: 10.1037//0003-066x.40.2.193. PMID: 3857016. URL: https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/3857016/

[15] Linardon J, et al. Intuitive eating and its psychological correlates: A meta-analysis. Int J Eat Disord. 2021;54(7):1073-1098. DOI: 10.1002/eat.23509. PMID: 33786858. URL: https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/33786858/

[16] Kuijer RG, Boyce JA. Chocolate cake. Guilt or celebration? Associations with healthy eating attitudes, perceived behavioural control, intentions and weight-loss. Appetite. 2014;74:48-54. DOI: 10.1016/j.appet.2013.11.013. PMID: 24275670. URL: https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/24275670/

付記

本稿は、パーソナルトレーニングジムPriGymにおける指導指針および意思決定の設計思想を言語化したものです。特定の疾患に対する医学的助言や診断を目的とするものではなく、健康なクライアントを対象とした指導現場における論点整理を主眼としています。

末岡 啓吾

末岡 啓吾

パーソナルトレーニングジム「PriGym」代表トレーナー。
博士(理学)・NSCA認定トレーナー・パワーリフティング元日本記録保持者。
科学と実践の両軸で、一人ひとりの成長を支えます。