論考記事レジスタンストレーニングのフォームと不確実性

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要旨

「正しいフォーム」という概念は、レジスタンストレーニングの現場で自明の前提として扱われています。しかし、その正しさを支える根拠を点検すると、何を優先したいのかという目的と、その人に許される範囲という条件によって最適解が変わるという事実に行き着きます。にもかかわらず、単一の正解を絶対視し、逸脱を直ちに誤りや危険と結びつける語りが、現場では繰り返し再生産されます。本稿は、この思考パターンをフォーム教条主義と呼び、批判の対象とします。その上で、フォームを現時点での最良仮説として扱い、不確実性の中でリスクを管理する枠組みを提示します。指導者の役割は、正解の宣告者ではなく、採用した仮説の根拠と更新条件を示す責任を負う者です。

本稿の射程

本稿が想定する読者は、健康なクライアントを対象とするパーソナルトレーナー、および自身の身体運用に関心を持つトレーニーです。

本稿は特定の疾患に対する医療的ガイドラインではありません。診断や治療を目的とせず、現場における意思決定の設計思想を扱います。特に本稿では、フォームの正誤を絶対的な基準ではなく、目的と条件に応じたリスク管理の観点から論じます。痛みや神経症状を伴う場合は、本稿の範囲外であり医療機関の受診を優先します。

はじめに

「正しいフォームで行いましょう」。フィットネスの現場で繰り返されるこの言葉は、一見すると疑いようのない真理のように響きます。しかし、その正しさとは何を指しているのでしょうか。

例えばスクワットでは、「膝がつま先より前に出てはいけない」という指導が長らく常識とされてきました。近年、その揺り戻しとして「膝が出ないように制限することは自然な動作を妨げるため間違いである」という論調も強くなっています。

しかし、ここで問うべきは「出すべきか、出さないべきか」という二元論ではありません。「膝を出さない指導は古い」と一蹴し、あらゆるクライアントに膝を前に出すフォームを強要するなら、それもまた形を変えた教条主義に過ぎません。

膝を意図的に出さないフォームは、大腿四頭筋への刺激よりも殿筋群の動員を優先したい場合や、膝関節に既往歴がある場合に、合理的な選択となり得ます。逆に、膝を積極的に前に出すフォームは、足首の可動性が高く、大腿四頭筋を狙いたい場合に最適解となり得ます。

本稿が批判の対象とするのは、注意喚起そのものではありません。目的や身体条件という文脈を無視して単一の正解を絶対視し、そこからの逸脱を直ちに誤りや危険とみなす思考パターンです。ここではそれをフォーム教条主義と呼びます。

この問題を黙過できないのは、現場で繰り返し目撃する、ある種の倒錯があるからです。フォーム指導の名のもとに、脊柱の文節を一つひとつ監査するように動きを細分化し、仙骨のニューテーションとカウンターニューテーション、いわゆるニーイントゥーアウトの是非といった論点を、マニアックなまでに指摘しつづける。ところが、セッションが終わっても、本人が求めたゴールにほとんど近づいていない。こういう現象に、強い違和感を覚えています。

問題にしたいのは、目的が別にあるはずの場面で、細部の是正が自己目的化し、気づけばクライアントの目的が置き去りにされるという構図です。さらに悪いことに、その構図が指導者の正しさや有能感を満たす装置として機能しているように見える瞬間があります。フォームが正しいかどうかではなく、誰の目的に奉仕しているのか。そこを問いたいのです。

この違和感は、フォームが手段から目的へとすり替わる瞬間を、最も露骨に示しています。これは、守るための正しさと、伸ばすための正しさが、同じ言葉で混線している状態に見受けられます。守るための正しさが必要な局面は確かにあります。しかし伸ばすべき局面でそれが居座ると、正しさは前進の条件ではなく、停滞の根拠になり得ます。ミクロの整合性が積み上がるほど、マクロの目的が遠ざかるという逆転が起きるからです。

そして、この混線は言葉によって固定されます。難しい言葉それ自体が悪いのではありませんが、説明のためではなく権威の雰囲気として流通するとき、指導は前進の設計ではなく、正しさの演出に傾きます。問題にしているのは、細部そのものではなく、細部が目的の代替になるこの構造です。

第1章 フォーム教条主義の構造と弊害

「正しいフォーム」言説の機能と儀式

「正しいフォーム」という言葉が現場で果たしている機能を点検すると、いくつかの構造が見えてきます。

第一の機能は、複雑さの取り扱いの簡略化です。人体の動作は、骨格構造、筋の付着、神経系の制御、疲労、心理状態など、無数の変数が絡み合う現象です。単一の正解を提示すると、説明は短くなり、受け手にとっては従う基準が明確になります。

次に、指導の立場の強化です。正しいフォームを提示できることは、結果として指導者への信頼を集めやすくします。これは必ずしも支配の意図を要しません。複雑な意思決定を委ねるための仕組みとして自然に成立します。

そして、結果説明の一元化です。痛みや不調、怪我が起きたとき、その説明がフォーム遵守か逸脱かに回収されやすくなります。その帰結として、負荷設定、回復、既往歴、適応速度、心理的要因といった他の変数が、議論の外に追いやられます。

これらは短期的には現場の運用を滑らかにします。しかし代償として、個人差が消え、不要な恐怖が温存され、設計が痩せていきます。

ここで重要なのは、細部への注視それ自体が悪なのではなく、目的の置換が起きる点です。クライアントの目的を前に進めるための手段だったはずのフォームが、フォームそれ自体を成立させるための作業に変わる。その瞬間、指導は技術ではなく儀式になります。儀式は安心を与えますが、必ずしも成果を保証しません。

儀式が生まれやすいのは、そこで安全が確保されたように感じられるからです。細部を点検しつづけることは、指導者にも受け手にも、危険を回避できているという感覚を与えます。しかし、その感覚が機能向上の文脈で居座ると、前に進むために不可欠な負荷設定や曝露の設計が先送りされます。安全であることの確認が、成果の代替になってしまうのです。

恐怖回避思考の植え付けと動作の萎縮

フォーム教条主義の深刻な弊害の一つは、恐怖に基づく回避を植え付けることです。

「背中を丸めると椎間板が飛び出す」「膝を前に出すと膝が壊れる」「ニーインすると前十字靭帯を損傷する」。こうした言い切りは、動作と破局的な帰結を一対一で結びつけ、条件を省いたまま禁忌へ翻訳します。ここで挙げているのは正誤の裁定ではなく、現場で流通しやすい語り口の例示です。問題にしたいのは、この語り口が受け手の注意を監視へ偏らせ、動作を萎縮させ、必要な曝露の設計を遠ざけ得るという作用です。

この種のメッセージが繰り返されると、受け手は「動くほど壊れる」という解釈を内面化しやすくなります。動作が硬直し、必要以上の回避が起き、トレーニング設計そのものが萎縮します。結果として、長期的に見れば望ましい適応の機会を失います。

腰痛領域では、過度に保護的な説明や恐怖を煽る語りが、慢性化に関わる要因として扱われています[1]。この整理をそのまま全ての筋トレ局面に等置はできません。それでも、「危険」の言語が行動を規定し、回避と硬直を増やし得るという構造自体は、現場でも再現します。

科学的根拠の断片的な誤用

フォーム教条主義はしばしば「科学的に証明されている」という権威を纏います。しかし、引用される科学は、文脈を欠いた断片的な援用であることが少なくありません。

腰部は、その誤用が最も露骨に観察できる領域の一つです。脊柱屈曲と腰痛の関連についてのシステマティックレビューは、持ち上げ動作中の腰椎屈曲と腰痛発生の関係について、結論の確かさが高いとは言いにくいという形で整理しています[2]。にもかかわらず、「背中を丸めるな」という指導は、確立した事実のように流通します。

また、特定のフォームが危険とされる根拠の一部は、生体力学モデル等から導かれる境界条件に由来します。これらは無価値ではありません。組織負荷の上限や破綻条件を推定する上で重要です。一方で、生体は曝露量に応じて適応するため[3]、境界条件をそのまま現場の禁止事項へ直訳すると、適応の時間軸と負荷管理という主要因を取り落としやすくなります。したがって、そこで得られた境界条件を現場へ翻訳するには、追加の判断が必要になります。

科学的知見を現場に適用するなら、その知見がどの条件で得られたものか、どの程度の確かさなのかを点検しなければなりません。単一の研究結果を証明として振りかざす態度は、科学の運用として粗いのです。

第2章 目的と条件に従属するフォームの妥当性

目的変数(挙上重量・筋肥大・競技特性)による最適解の変動

フォームの正しさを論じる際に最も重要な問いは、「何のために正しいのか」です。この問いを抜きに正しいフォームを語ることは、目的地を定めずに正しい道を論じるようなものです。

挙上重量の最大化を狙うなら、物理的な効率が優先されます。パワーリフティングのスクワットでは、個人の骨格に応じたスタンス幅や前傾角度が、最も重い重量を挙げるための正しいフォームになり得ます。ここでの最適解は、大腿骨と脛骨の長さ比、股関節の解剖学的構造によって個人ごとに変わります。

筋肥大を狙うなら、対象筋に十分な機械的張力を与え、狙いどころでは代謝的な負荷も積み上げたいという設計になります[4][5]。この文脈では、挙上重量を犠牲にしてでも、対象筋のストレッチ局面で負荷を高めるフォームが正しい選択になり得ます。可動域の選択も同様で、何を最大化したいかによって最適解は変わり得ます[6]

スポーツパフォーマンスを狙うなら、競技特異性が優先されます[7]。投手の肩のトレーニングと、水泳選手の肩のトレーニングが同一の正しさを共有する理由はありません。

身体条件と既往歴による制約と調整

目的に加えて、その人に許される範囲という条件もフォームの最適解を変動させます。

骨格構造は最も基本的な条件です。股関節の形状や向き、下肢の長さ比といった違いは、ある人にとって快適で効率的なスタンスが、別の人にとっては関節への過度なストレスになり得ることを意味します。理想フォームという語を使うなら、それは個体ごとに違うと最初から書いておくべきです。

既往歴と現在の状態も重要です。過去の怪我、現在の痛み、可動域の制限は、利用可能な選択肢を狭めます。ただし、制限があるからといって特定の動作を永久に回避すべきとは限りません。負荷を漸進的に導入し、組織の適応を促すという方向が成立する場面もあります[3]

技能レベルも条件として働きます。初学者にとっての正しさと、熟練者にとっての正しさは一致しないことがあります。複雑な動作を一度に完成させるより、段階的に要素を追加する方が現実的なことは珍しくありません。

確率と管理としての安全性定義

フォーム教条主義では、安全性が絶対的な基準として扱われがちです。「安全なフォーム」と「危険なフォーム」という二分法です。しかし安全性は本来、確率と管理の問題です。

いかなるフォームであっても、負荷が組織の適応能力を超えれば障害のリスクになります。逆に、一般に危険とされるフォームであっても、負荷が管理され、漸進的に導入されれば、組織は適応し得ます[3]

スポーツ傷害の文脈では、急激な負荷の増加が障害リスクと関連し得る主要なパターンの一つとして指摘されています[8]。少なくとも、週ごとの負荷変動を管理することは、フォームの形状だけに注意を集中させるのと同等かそれ以上に、現場の安全性を左右し得ます。

第3章 不確実性下におけるリスク管理の枠組み

本章は、現場でそのまま適用する手順書を提示するものではありません。フォームを仮説として扱う以上、何を言語化しないと判断が教条化しやすいか、その失敗条件を整理します。

科学的知見の暫定性と更新可能性

科学は最終的な証明の装置ではありません。反証可能性に開かれた仮説を、修正しながら運用していく過程です。現場で扱う正解も、現時点で最もよく支持された暫定解に過ぎず、更新可能性を内蔵しています。

運動前の長時間の静的ストレッチがパフォーマンスを高めるという長年の信念が修正されてきたのは、そのわかりやすい例です[9]。同様に、現在危険とされているフォームの一部が、将来の研究によって再評価される可能性は常に残ります。

この暫定性を認識することは、科学を軽視することではありません。現時点で勝率の高い仮説を採用しつつ、更新の用意を手放さないことが、現場での科学の扱い方です。

参照点の尊重と個別調整の順序

主要教科書は、不確実性下で意思決定を行うための重要な参照点です[10]。それは利用可能な知見と、現場側の合意を統合した基準線として機能します。

独自理論に走ることは、外れたときのコストが大きい選択です。まず基準線を尊重し、その上で個別の目的と条件に応じて調整する。この順序の方が、現場での失敗率を下げます。

ただし、参照点を聖典にしてはいけません。参照点は仮説の集合であり、更新される宿命にあります。さらに、エビデンスの序列それ自体も、問いによって形を変えます[11]。何を問うているのかを曖昧にしたまま「上位の研究だから正しい」と言うのは、科学の運用として雑です。

説明責任(根拠・リスク・更新条件)の実装

不確実性の中で意思決定を行う指導者に求められるのは、説明責任を実装することです。ここで言う説明責任は、何かの手順を上から順に踏むことではありません。採用根拠、想定リスク、更新条件という三つの情報を欠かさないことです。三つは順番ではなく、同時に揃っている状態が必要です。

採用根拠は、どの目的を優先し、どの条件を考慮した結果として、そのフォームを推奨しているのかという説明です。想定リスクは、その方針に伴う不確かさや不利益の可能性を隠さず共有することです。更新条件は、どの反応が観察されたら方針を修正するのかを、前もって言語化しておくことです。フォームは正解ではなく仮説であり、仮説なら更新の条件を内蔵していなければなりません。

この三つを揃える作業は、科学的知見、指導者の判断、当事者の価値観を同じ場に置き、現場語に翻訳して合意形成(コンセンサス)を図るプロセスでもあります。フォーム指導は、正解を当てる競技ではなく、意思決定を共同で設計する営みです。

フォームは関節角度だけで完結しません。

注意の焦点設計と身体経験の質

フォーム教条主義が厄介なのは、特定の形を押し付ける点だけではありません。指導の言葉が、受け手の注意の向け先を作り、その注意が身体経験の質を変えてしまう点にあります。現場で散見される「細部の監査」は、フォームの議論に見えて、実際には注意の議論です。どこを見張るかが決まった瞬間に、動作はその見張りに従って再編されます。

身体内部への注意は、動作学習の初期段階やリハビリテーションの文脈で役に立ちます。輪郭が曖昧な動作に、最低限の秩序を与える局面があるからです。しかし、そこから先に進む局面で、注意をいつまでも内部に貼り付けると、動作は硬直し、自己監視が残ります。しかも自己監視は、危険という語と結びついたときに最も強く回避を作ります。安全のための言葉が、前進のための身体経験を削り取っていくのです。

運動学習の研究は、習熟に伴って外部焦点へ移行することでパフォーマンスが向上しやすいことを示しています[12]。ここに、フォーム教条主義のもう一つの落とし穴があります。細部の是正が自己目的化したセッションでは、注意は常に内側へ回収され、外側の目的へ接続されないまま滞留します。結果として、クライアントは「できたかどうか」ではなく「壊れていないかどうか」を評価軸にするようになります。

指導者が扱っているのはフォームという形だけではありません。受け手がどこを怖がり、どこを信じるかという身体観でもあります。注意の向け方は、単なる指導技術ではなく、恐怖回避を増やすか、身体への信頼を残すかを左右する変数です。フォームを仮説として扱うなら、どの言葉で注意を配り、どの言葉が回避を生みやすいか、何を成果として数えるかまで含めて、仮説の一部です。そして、そこにも更新条件が要ります。

結語

レジスタンストレーニングにおけるフォームの正しさは単線ではありません。目的と条件を入力とし、現時点で利用可能な知見を参照して導かれる最良仮説です。

フォーム教条主義は、この複雑性を隠し、単一の正解を押し付けることで説明の容易さを得ます。しかし代償として、個人差が消え、恐怖が温存され、設計が痩せていきます。

指導者に求められるのは、唯一の正解を宣告することではありません。不確実性を認め、基準線を尊重しつつ、目の前の目的と条件に応じて調整すること。そして採用した仮説の根拠、想定リスク、更新条件を共有し、合意の形に落とすことです。説明責任とは、安心を演出するための儀式ではなく、前に進むための合意形成そのものです。この合意形成の手間を引き受けることこそが、プロフェッショナルの分水嶺となります。

参考文献

[1] Foster NE, Anema JR, Cherkin D, et al. Prevention and treatment of low back pain: evidence, challenges, and promising directions. Lancet. 2018;391(10137):2368-2383. DOI: 10.1016/S0140-6736(18)30489-6. PMID: 29573872. URL: https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/29573872/

[2] Saraceni N, Kent P, Ng L, Campbell A, Straker L, O’Sullivan P. To Flex or Not to Flex? Is There a Relationship Between Lumbar Spine Flexion During Lifting and Low Back Pain? A Systematic Review With Meta-analysis. J Orthop Sports Phys Ther. 2020;50(3):121-130. DOI: 10.2519/jospt.2020.9218. PMID: 31775556. URL: https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/31775556/

[3] Khan KM, Scott A. Mechanotherapy: how physical therapists’ prescription of exercise promotes tissue repair. Br J Sports Med. 2009;43(4):247-252. DOI: 10.1136/bjsm.2008.054239. PMID: 19244270. URL: https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/19244270/

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[6] Wolf M, Androulakis-Korakakis P, Fisher JP, Schoenfeld BJ, Steele J. Partial Vs Full Range of Motion Resistance Training: A Systematic Review and Meta-Analysis. Int J Strength Cond. 2023;3(1):182. DOI: 10.47206/ijsc.v3i1.182. URL: https://journal.iusca.org/index.php/Journal/article/view/182

[7] Stone MH, Hornsby WG, Suarez DG, Duca M, Pierce KC. Training Specificity for Athletes: Emphasis on Strength-Power Training: A Narrative Review. J Funct Morphol Kinesiol. 2022;7(4):102. DOI: 10.3390/jfmk7040102. PMID: 36412764. URL: https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/36412764/

[8] Gabbett TJ. The training-injury prevention paradox: should athletes be training smarter and harder? Br J Sports Med. 2016;50(5):273-280. DOI: 10.1136/bjsports-2015-095788. PMID: 26758673. URL: https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/26758673/

[9] Behm DG, Blazevich AJ, Kay AD, McHugh M. Acute effects of muscle stretching on physical performance, range of motion, and injury incidence in healthy active individuals: a systematic review. Appl Physiol Nutr Metab. 2016;41(1):1-11. DOI: 10.1139/apnm-2015-0235. PMID: 26642915. URL: https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/26642915/

[10] Haff GG, Triplett NT, editors. Essentials of Strength Training and Conditioning. 4th ed. Champaign (IL): Human Kinetics; 2016. URL: https://us.humankinetics.com/products/essentials-of-strength-training-and-conditioning-4th-edition-with-hkpropel-access

[11] Murad MH, Asi N, Alsawas M, Alahdab F. New evidence pyramid. Evid Based Med. 2016;21(4):125-127. DOI: 10.1136/ebmed-2016-110401. PMID: 27339128. URL: https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/27339128/

[12] Wulf G. Attentional focus and motor learning: a review of 15 years. Int Rev Sport Exerc Psychol. 2013;6(1):77-104. DOI: 10.1080/1750984X.2012.723728. URL: https://www.tandfonline.com/doi/abs/10.1080/1750984X.2012.723728

付記

本稿は、パーソナルトレーニングジムPriGymにおける指導指針および意思決定の設計思想を言語化したものです。特定の疾患に対する医学的助言や診断を目的とするものではなく、健康なクライアントを対象とした指導現場における論点整理を主眼としています。

末岡 啓吾

末岡 啓吾

パーソナルトレーニングジム「PriGym」代表トレーナー。
博士(理学)・NSCA認定トレーナー・パワーリフティング元日本記録保持者。
科学と実践の両軸で、一人ひとりの成長を支えます。