この記事の要点
- 褐色脂肪細胞の活性化のみで大幅な体重減少を目指すのは、科学的根拠に乏しく困難です。
- 活性化によるエネルギー消費増は約100〜200kcal/日と限定的で、個人差も大きいとされます。
- 活性化法では寒冷刺激に比較的多くの科学的報告がありますが、安全性と実行性に課題があります。
- 食事やサプリメント(唐辛子、緑茶等)の効果は限定的で、安全性への配慮が不可欠です。
- 健康的なダイエットの主軸は、今も昔もバランスの取れた食事と定期的な運動です。
この記事では、褐色脂肪細胞に関する科学的根拠(エビデンス)を正確に解説し、過度な期待を避けつつ、健康的な体重管理に知識を活かす方法を提案します。
そもそも褐色脂肪細胞って何?白色脂肪細胞との違い
私たちの体には、主に2種類の脂肪細胞があります。
白色脂肪細胞 | 褐色脂肪細胞 | |
---|---|---|
主な役割 | エネルギーを貯蔵する(溜める脂肪)[2] | 脂肪を燃やして熱を産生する(燃やす脂肪)[2] |
見た目 | 大きい単一の脂肪滴で白く見える | 小さな脂肪滴が多数あり、鉄分豊富なミトコンドリアが多いため褐色に見える[2] |
関連用語 | 中性脂肪 | ミトコンドリア, UCP1(熱産生タンパク質)[2] |
一般的に「体脂肪」と呼ばれるのは白色脂肪細胞です。一方、褐色脂肪細胞(Brown Adipose Tissue, BAT)は、脂肪を分解して熱を生み出し、体温を保つ働きを担っています。この熱産生を担うのが、細胞内にあるミトコンドリア(細胞の”発電所”)内にあるUCP1(熱を産生する専用”バルブ”)の働きです。
どこにあるの?なぜ減るの?
褐色脂肪細胞は、成人では主に首周り、鎖骨の周辺、肩甲骨の間、脇の下(腋窩)、背骨の周りなどに存在します[3, 4]。
新生児期に体温維持で重要な役割を果たし[2]、成長とともに筋肉量が増えると必要性が減るため、加齢とともに量や活性が低下する傾向があります[4, 5]
褐色脂肪細胞だけで「痩せる」のは難しい|知っておきたい科学の現在地
「燃やす脂肪」と聞くと期待が高まりますが、現実はそう単純ではありません。
現時点では、「褐色脂肪細胞の活性化が、それ単体で持続的な体重減少につながる」という科学的なコンセンサスは得られていません。
その理由は主に3つあります。
- エネルギー消費への貢献度が限定的: 褐色脂肪細胞を最大限に活性化させても、エネルギー消費増は1日あたり約100〜200 kcal程度と推定されています[14]。これは日常の摂取・消費の誤差に埋もれやすく、体重の実測変化としては目立ちにくい規模です[14, 15]。
- 効果に大きな個人差がある: 褐色脂肪細胞の量や活性は個人差が大きく、特に肥満傾向のある人では働きが低い傾向が報告されています[4, 15]。
- 主要な公的ガイドラインに記載がない: 国内外の公的情報では、体重管理の一次的介入は食事改善と身体活動が中心であり、褐色脂肪細胞の活性化は補助的・研究段階の話題として位置づけられています。現行の主要なガイドラインに、中心的方策としての記載はありません[16, 17, 18]。
褐色脂肪細胞を増やす・活性化するには?食べ物・運動・寒冷刺激の科学
科学的に研究されている3つのアプローチを紹介しますが、いずれも限定的な効果や課題があることをご理解ください。
方法1:食事の工夫(唐辛子・緑茶など)
エビデンスの質: ヒト小規模・短期/効果は限定的
- カプサイシン類: 唐辛子などに含まれ、エネルギー消費を高める可能性が示唆されますが、ヒトでの研究は小規模です[6, 7]。胃腸症状に注意が必要です。
- 緑茶カテキン: エネルギー消費を増やす報告がありますが[8]、カフェインへの感受性や、濃縮サプリメントと一部薬剤との相互作用に注意が必要です。
- メントール: 熱産生を高める可能性が示唆されますが[9]、短期研究に留まります。
方法2:運動|肩甲骨ストレッチと褐色脂肪細胞の関係は?
エビデンスの質: 動物実験中心/ヒトでは議論中
運動時に筋肉から分泌されるホルモン「イリシン」が、白色脂肪細胞を褐色に近いベージュ脂肪細胞に変える可能性が動物実験で示されています[10]。しかし、ヒトで運動後にイリシン関連の指標上昇を報告する研究はありますが、測定法や生理的意義には議論が残ります。したがって、白色脂肪の“ベージュ化”を通じて確実に体重が減少する、とまでは言えません。
「肩甲骨ストレッチ」が局所的に著しい効果をもたらすというよりは、全身の筋肉を動かす有酸素運動や筋力トレーニングの一環と捉えるのが現実的です。
方法3:寒冷刺激(少し肌寒い環境)
エビデンスの質: ヒト研究あり(短期、生理指標中心)
19℃程度の環境が褐色脂肪細胞を活性化させることは、複数のヒト研究で報告されています[12, 13]。
ただし、寒冷刺激は体調や既往歴によりリスクが高まる場合があります。不整脈や末梢循環障害、甲状腺疾患、レイノー現象、低栄養/高齢の方は実施を避けるか、事前に医療者へ相談してください。
【安全に行うためのヒント】
- 室温を20〜22℃に保ち、薄着で軽い作業を短時間行うなど、無理のない範囲で試す。
- 悪寒が止まらない、震え、しびれ、胸部不快感、指先が蒼白になるなどの異変があれば即中止し保温してください。
【コラム】褐色脂肪細胞ダイエットのよくある誤解(FAQ)
Q褐色脂肪細胞を「増やす」にはどれくらいの期間が必要ですか?
ヒトで量の増加を直接示す高品質な研究は限られ、期間に関するコンセンサスはありません。短期の介入では「活性の指標」が変化しても、体重変化に直結しないことが多いのが現状です。
Q食べ物で褐色脂肪細胞を増やせますか?
特定成分でエネルギー消費がわずかに高まる可能性はありますが、細胞の量が有意に増えることを示した高品質なヒト研究は限定的です。まずは全体の食事バランスを整えることが優先です。
Qサプリメントは効果がありますか?
「飲むだけで痩せる」といった宣伝は、現時点で質の高い臨床試験による裏付けがありません。安全性や相互作用の観点から、使用前に必ず医師や薬剤師にご相談ください。
健康的なダイエットの王道を見失わないために
結局のところ、ダイエットの原則は「摂取カロリーと消費カロリーのバランス」(関連記事「エネルギーバランスの基本」で解説)です。
褐色脂肪細胞の知識は、この原則をサポートする「ヒント」にはなりますが、主役ではありません。魔法のような近道を探すより、今日からできる健康的な一歩を始めましょう。
- 日常の活動量を増やす(例:階段を使う、一駅歩く)。
- バランスの取れた食事を楽しむ。
- 室温をやや涼しめに保ち、無理のない範囲で薄着を試す。
自分の体と向き合い、持続可能な方法で健康を目指すことが最も賢明な選択です。
免責事項
この記事は情報提供を目的とし、医学的アドバイスに代わるものではありません。持病のある方や健康に不安のある方は、必ず事前に医師や管理栄養士にご相談ください。
参考文献リスト
- Chondronikola M, et al. Brown adipose tissue improves whole-body glucose homeostasis and insulin sensitivity in humans. Diabetes. 2014;63(12):4089-99. DOI: 10.2337/db14-0746
- Cannon B, Nedergaard J. Brown adipose tissue: function and physiological significance. Physiol Rev. 2004;84(1):277-359. DOI: 10.1152/physrev.00015.2003
- Saito M. Human brown adipose tissue: regulation and physiological significance. Anat Sci Int. 2013;88(3):121-7. DOI: 10.1007/s12565-013-0182-5
- Leitner BP, et al. Mapping of human brown adipose tissue in relation to age, gender and body mass index. Mol Med. 2017;23:117-25. DOI: 10.2119/molmed.2017.00042
- Yoneshiro T, et al. Age-related decrease in cold-activated brown adipose tissue and accumulation of body fat in healthy humans. Obesity (Silver Spring). 2011;19(9):1755-60. DOI: 10.1038/oby.2011.125
- Zheng J, et al. Dietary capsaicin and its analog capsinoid: their potential role in weight management. Crit Rev Food Sci Nutr. 2017;57(13):2699-708. DOI: 10.1080/10408398.2015.1078778
- Yoneshiro T, et al. Nonpungent capsaicin analogs (capsinoids) increase energy expenditure through the activation of brown adipose tissue in humans. Am J Clin Nutr. 2012;95(4):845-50. DOI: 10.3945/ajcn.111.018606
- Hursel R, Westerterp-Plantenga MS. Catechin- and caffeine-rich teas for control of body weight in humans. Am J Clin Nutr. 2010;91(6):1711S-1715S. DOI: 10.3945/ajcn.2010.28981B
- Tageshima S, et al. Menthol-induced TRPM8 activation enhances cool- and cold-induced thermogenesis and improves work efficiency in humans. Am J Physiol Regul Integr Comp Physiol. 2019;317(3):R409-R417. DOI: 10.1152/ajpregu.00072.2019
- Boström P, et al. A PGC1-α-dependent myokine that drives brown-fat-like development of white fat and thermogenesis. Nature. 2012;481(7382):463-8. DOI: 10.1038/nature10777
- Tsuchiya Y, et al. Resistance exercise induces a greater irisin response than endurance exercise. Metabolism. 2015;64(9):1042-50. DOI: 10.1016/j.metabol.2015.05.010
- van der Lans AA, et al. Cold-activated brown adipose tissue in human adults. N Engl J Med. 2013;369(21):2069-70. DOI: 10.1056/NEJMc1310468
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- Ravussin E, Galgani JE. The implausible role of brown adipose tissue in controlling body weight. Nat Rev Endocrinol. 2022;18(9):513-4. DOI: 10.1038/s41574-022-00687-7
- Cypess AM. Reassessing human brown adipose tissue. J Clin Invest. 2022;132(6):e148417. DOI: 10.1172/JCI148417
- 厚生労働省. 「e-ヘルスネット:肥満と健康」. (参照 2025-08-13)
- National Institute of Diabetes and Digestive and Kidney Diseases (NIDDK). “Weight Management”. (参照 2025-08-13)
- World Health Organization (WHO). “Obesity and overweight”. (参照 2025-08-13)